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脱原発運動は政治的実現をかちとれるか?

腫瘍官邸前の原発再稼動抗議行動が継続してとりくまれて、6、7月と10万以上の参加者を数えている。また7月の「さようなら原発集会」は17万という参加者で、まさに会場周辺が身動きのとれないような状況となっている。

とくに官邸前の抗議行動は当初はマスコミが一切報道しない姿勢をとっていたが、ツイッターやフェイスブックを活用した周知・宣伝により参加が増えはじめ、さすがに無視できなくなり、社民党、共産党の党首などが参加してマイクアピールをしたり、はては政権党の鳩山元首相まで登場するような大きなイベント的集会ともなっている。そして野田首相にも一定の影響を与えていて、行動を呼びかけている首都圏反原発連合という運動体の代表者と会見を検討していると伝えられている(再稼動の方針についてはまったく再検討する余地はないらしいが、ここまで国民から支持されていない内閣と首相では、そのくらいのことをしないと人気がでないのだろう)。

ちょっと気になるのはマスコミ(私が知りえている範囲ではテレビのコメント、ラジオの特集など)の論調が、組合運動などとは無縁はフツーの人々が参加していて、そこが新しい・好ましいというものだ。

実は反原発運動そのものは以前から、反原発に自覚的な市民・労働者が中心であって、そもそも労働組合自体がさほどりくんではいない分野の運動であったのだ。

だから、労働組合がやっているのとは違うというのは、それ自体はそのとおりだが、だからいいとか新しい、というものとは違うのである。もともとそういうもので、いわば市民がメインの運動だったのだ。

結局そこに注目しているということは、国会周辺にあれだけ集まったのは安保闘争以来だ、という論理で事件化しているだけなのである。市民が参加していることを必要以上に持ち上げる人たちは、市民が政治に目覚めたり、行動したりすることを実は信用していないか、軽く見ていたにすぎない。じっさい安保闘争でも労働組合以外の人々も集まって参加していたのだが、そのことを忘却しているのではないか。

つまり今回の地震による福島原発事故と脱原発の政治的道筋の不明瞭さ、それにもとづく原発再稼動という方針が決定的、政治的に安保以来の国民的課題であり、問題なのだということを証明しているのだ。

問題はつぎに反原発運動の政治化のことにつきる。結局のところ民主党は財界・政府の圧力により原発の輸出・再稼動に舵をきり、原子力政策を根本的に見直すところまでいっていない。これは東京電力に対する指導・政策でも不徹底であり、これについてはまさに第三者機関(電力・原子力と利害関係がなかった人物など)という外部からの監視・見直しのシステムが必要な筈だ。

市民が脱原発を想い、希求するのは当然のことであり、これが一般意思として噴出しているのが一連の行動だろう。しかし官邸前の行動だけではなく、地域の周囲の人々、とくに町や市の議員、経済・政治団体、自治体・施設などに放射能の影響に対処する要求や脱原発の方向を確認し、施策として実現するようはたらきかけることが重要だ。

つまり直接行動は国会前のおおきな枠組みだけでは完結しないし、日常的なところでも必要なことなのだ。

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税と社会保障の一体化という虚妄

野田内閣が自民党・公明党と協議により<税と社会保障の一体化>が妥協して、結果として消費税増税の方向に向かうという形になっている。これは官僚と旧体制の合体による危機政治体制の回避なのだろう。しかし、これはチキンレースの側面もあり新しい時代の展望はまったくない。橋下流のポピュリズムによる新自由主義の巻き返しもあるだろうが、これは早晩デッドロックに行き着くだろう。

民主党が野田がトップになってからというもの露骨に自民党への譲歩・接近をみせるようになった。これは官僚による指示もあるのだろうが、おおもとが同質でありおなじ要求基盤にあったからだ。はじめに増税ありきでは、説得力がまるでゼロなのだが、野党である自民党と公明党の協力を得てなんとか成立させたいのだろう。この後にまっているのは混迷する政界再編であり、安易な政治改革やマニフェストの価値下落だ。かくして政治不信、政治家不信はますます強まるが、いっぽうでファッショ的政治への誘惑も増大しているのでないか。

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ハーヴェイ著『資本の<謎>―世界金融恐慌と21世紀資本主義』シンポ

5月19日シンポ ハーヴェイ著『資本の<謎>―世界金融恐慌と21世紀資本主義』をめぐって

伊藤誠、的場昭弘などが出席するシンポ。

明治大学リバティタワー 13:00~

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レーニンの革命の構造

白井聡の『未完のレーニン』(講談社 2007年)を再読。

どうしてもなじめなかったものが、レーニンの組織論・革命論の流れとフロイトを援用した(「トーテムとタブー」の原父殺し)ロジックである。

あらためて読み直してみると、なかなか面白いが、結局は解釈的レベルに留まっているのではないか。『何をなすべきか』の基軸としては革命組織の近代化・組織化であって、前近代的サークル段階を脱却しなければならない、というテーマだった。

ただ、資本主義社会における労働運動と労働者のありかたについては、その労働者の団結の困難性を確認できたと思う。



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