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メキシコ時代のトロツキー 1937-1940

メキシコ時代のトロツキー 1937-1940 』小倉 英敬 (新泉社 2007年)を読む。

 この著者はかつて外務官僚だった方で、メキシコにも赴任していたし、ペルーではあのセンデロルミノソの日本大使館占拠事件の人質でもあったという。
 
 トロツキーの晩年についてはこれまでいくつか本になている。今回の本をだすにあたって特別な新資料があったわけでもないようだが、新自由主義が世界を覆いつくし、中南米でそれに反対する勢力がうまれつうある現状に対応してまとめておきたいものがあるという。
 
 機知のことが多く特段勉強になったということはないが、スペイン語の資料を駆使して当時のメキシコの政治や運動の状況などは詳しく記述されている。
 
 トロツキーについて組織がなく、むしろ孤立を望むような姿勢だったことについては、まさしく多くの識者が指摘しているところで本人も後に反省しているが、そこがスターリンとの違いでもあったし敗北の原因にもなっている。

 クロンシュタット反乱についてトロツキーが正当化していることを批判している。まさにブーメランのようにそれがスターリンの暗殺へと続くものとなってしまったという。

 難しい問題である。

 たとえば今は暴力と暴力の対決となることが自明となってしまった。「テロとの戦い」という名称のもとに正当化されている現状では、なかなか暴力否定を構想するのが困難になっている。

 軍隊(武器)を所有している以上はそれが誘発される状況をつくらない努力が必要なのだが…。
 最近のロシアとグルジアの紛争においても利害対立が軍隊の暴力というかたちで噴出する。
 アメリカはオセチア共和国の独立は許されない、との声明を発したが、ザカフカス地域への深い理解があるとも思えない。安易にボスニアやコソボの独立を承認してよくいうよ。

 対立を武力に解消しない知恵が必要とされているわけで、それは社会主義よりも困難なものかもしれない。 

 その環境をつくることが世界革命ではないのか。

 それ以外でおもしろいのはメキシコという国のたち位置の洞察である。トロツキーはメキシコという国家が帝国主義国家からの周辺にあり、従属的な位置にあることから革命戦略も独自のスタイルがあるのではないか、とトロツキーはかんがえていたのではないかという推察である。

 たしかにメキシコはトロツキーの滞在を許可するなど、革命の風土や意識を許容するような環境にあった。しかし政治的には左派を弾圧するなど強権的・独裁的手法を政府がおこなっていた。トロツキーもメキシコ政府には批判的ではあったが、国際的な関係でのメキシコは擁護されるべき位置にもあり、そこの従属的関係の対抗軸をどう見出していくのか、戦略を要請されていたと思う。


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