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領土問題をどう考えるか

今年の夏は尖閣諸島と竹島で盛り上がった(?)、と言えなくもない。

ここでは尖閣諸島の問題をとりあげたいが、基本的に今の民主党政権がこの問題に対応・処理できる力量がないことは明白となった。

まず当面中国漁民の尖閣諸島での対応で失敗したことが問題で、民主党の前原は「日中共同声明」の尖閣問題を棚上げしていることを忘却して(というより、そもそも知らない)、日本の領土であるということの前提で解釈していた。なので、日本国の意思のままに処理すればいいと考えていたのが間違いの元であった。

これについては右派というべき大前研一が『「尖閣問題」の歴史を知らない民主党の罪』というタイトルでするどい
時評を書いている。
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20101006/247616/

問題の発端は1895年の下関条約にある。日清戦争に勝利した日本が、この条約によって中国から台湾を割譲し、尖閣諸島を沖縄県に編入したのである。日本は台湾県をつくったが、そこに尖閣諸島を組み入れることはしないで、沖縄県に含めていた。つまりそれ以前の尖閣諸島は台湾領だったわけで、これは非常に重要なポイントである。台湾領であったという事実が中国が領有権を主張する根拠になっているからだ。

 しかし外務省の見解はこれと異なり、尖閣諸島を沖縄に編入したのは同じ1895年であっても下関条約を締結した4月よりも3カ月前の1月であったから、両者は独立した事象である、という。日本政府は10年近く尖閣諸島を調査し、どこにも属さない領土だということを確認した上で(たまたま)1895年1月14日に閣議決定して沖縄県に編入した、という。しかしこれは非公開の閣議決定であり、国会での決定でもなければ諸外国が知りうるような形で公表もしていないわけで、島根県議会の竹島領有宣言よりも国際的な認知は得にくい。

 台湾側の一部にしてみれば、清国敗戦の色濃い当時の状況、そして4月には日本に併合された身としては、つべこべ言える環境ではなかったということになる。今の中国政府(共産党)は当時存在していなかったが、台湾は中国の領土だという立場であるから、この台湾の言い分を都合良く“冷凍・保存”している。中台統一が実現すれば北京がこの論理を持ち出す可能性が高いと認識しておくべきだ。尖閣問題では中台は意識が一致しやすいのはこのためである。



ここで確認すべきは歴史認識の問題である。日本としてはアメリカに負けたという意識しかないので朝鮮・中国に対してはいっかんして不誠実な対応であった。

それが継続して歴代政権がそれを結果として表明されていた、と言える。

だからこそ竹島の韓国実効支配については知らぬ顔をして頬かむりして過ごしていた、イミョンバク大統領が訪問したとしても事態としては変わりがないのだらから、かたちだけで抗議してもさほど意味はない。


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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

tppは新自由主義の政策だ

TPPをめぐってマスコミで盛んに報道がされているが、いっこうに政府からの正式は内容のアナウンスというか中身の説明はない。

部分的、場当たり的に公表しているだけだ。しかし財界・マスコミはこじって「バスに乗り遅れるな」とTPP参加の牽引を盛んにおこなっている。

いちばん焦点になっているのは農業分野だが、農業以外にも保険、医療、金融、保険、知的財産権など多様な分野でもアメリカと同様の制度、あるいは規制緩和というものが要請される可能性がある。

それを明らかにせず、ただTPP参加しかない、と笛や太鼓で囃しているマスコミはかなり犯罪的である。

文字どおりTPPは新自由主義の政策であり、アメリカのグローバリゼーションの拡張圧力以外何者でもない。もちろん単純にアメリカを悪として罵っていて済む問題ではない。日本の財界・支配層もグローバリゼーションのなかでいかに勝ち組として生き残っていくのか、という弱肉強食の世界を認識しているのだ。

日本人には日米同盟という言葉しか頭にないのだろうし、呪文のように耳に鳴り響いているのだろうが、アメリカからみれば属国日本をいかに活用できるか、ということでしかない。

そして、ジャーナリストなども語っているが、中国への牽制、あるいは米国の対中包囲網の一環としてあるということだ。自由貿易を極限にまで押し進めて、優勝劣敗的な市場の論理を貫徹して経済のみならず、政治までも資本の優位・強固な力を確立していくこと、これである。


財政赤字と不況に苦しむ米国(日本やユーロも同様なのだが…)が、経済協定という名前の自由貿易帝国主義の政策を追求しているだけのことだ、といってしまえば身も蓋もないが、TPPが与える日本国内の影響は恐ろしいものがある。世界資本主義の勝ち組を追求する資本家・企業体にすれば、選択支のない降りることのできないレースなのだろうが、生活者・労働者に与える影響は大きいだろう。資本家にとってはビジネス・チャンスかもしれないが、大多数の人々は生活基盤が脅かされ、大げさではなく生存の危機に瀕するだろう。こんなTPPはごめんだ。

テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

中国「08憲章」について

「08憲章」について詳細を知りたいと思いながらも、起草者のひとりである作家劉暁波(リュウシャオボ)が逮捕されたこと報道で、単に中国政府の弾圧体制批判が先行してしまっているようだ。かんじんの憲章そのものの評価や、チベット独立問題などの影響で政府が民主・反体制派への弾圧するという枠組みにはまってしまい。中国国内の反響などが、さほど紹介されていない気がする。で『天安門事件から「08憲章」へ』(劉暁波 2009年 藤原書店)のなかに掲載されている文章を読んで、基本理念に共鳴しつつも政策の主張に疑念を覚えた。これはイギリスの市民革命の反復ではあるまいか。

中国の民主化という問題は大きなテーマであり、たんに民主化の理念やマニフェストを掲げただけでは問題は解決しない、というよりもそれで動くかどうかは別である。

理念そのものは世界史からの普遍的英知や人権の探求の成果がある。ただ現実社会はその原理で動いてはいないということは冷徹な事実である。大文字の大儀や普遍的価値について世界で先進国の指導者たちは、それなりに発言はするが、それはあくまで自国の利害に衝突しない限りにおいてである。これはどこでも共通している。まったく民主的(権威・権力が力をもたない)な社会や国家が存在しないように、どこの国でも民主化の度合いはそれぞれである。EUなどの先進国の民主度がたとえば明るい黄色だとすれば、アラブ・アフリカの独裁国家が紫であったりという感じだろうか。グラデーションが描けるかどうかは難しいだろうが、いずれにせよ程度問題ということである。もちろん民主的であるべきだし、民主化を進めるのは正しいのだが、それが社会とどう結びついているのか、その検討が必要になってくる。

「08憲章」は国連人権宣言60周年にあたる2009年12月10日にあわせてネット上に公表された。その後は劉暁波のノーベル賞受賞や中国政府からの妨害工作があるが、その後の中国社会の動向は『天安門事件から「08憲章」へ』を読むとマスメディアでは取りあげられていないのは、公然と批判できないものとして当局は内心恐れている、という。

「改革開放政策の市場経済化=資本主義化を推し進め、利益誘導で支持をつなぎとめようとした。しかしその結果、政府は社会主義イデオロギーを使えなくなっている。(略)しかし、利益誘導を保障する高度経済成長が永遠に続くとは考えられない」ここでは民主的・法治国家を蔑ろにして経済的発展を優先させるあり方の限界が指摘されている。しかし、それは人類全体の問題として敷衍されるのではないか。世界資本主義が経済権益・利益優先を追及している以上は、この枠組みから逃れられないだろう。さまざまな利益・利害対立を調整するのは独裁的でなければおこなえないところがある。それを開放すれば14億の人間がいる中国は分裂するだろう。仮に民主化がおこなわれたとしてもそれは一挙的に解決するものではないはずた。それはむしろ始まりになるのかもしれない。まさしく民主的な社会という「長征」になるのだと思う。

自由と人権の尊重だけを機軸とすると現在の新自由主義の政策に棹差す部分もあり、経済成長や発展にとってむしろプラスなのだという、この部分がおそらく中国共産党にとっては脅威なのだろう。いわば普通のブルジョア国家を目指せ、という結論でしかないのだから。

いちばんの根幹には中国という国家・社会がどのような位置にあり、どのような歴史・環境のうえにあるのか、という洞察が必要だろう。それを展開できれば説得的なものとなるだろう。

テーマ : 中国問題
ジャンル : 政治・経済

中東革命と民主化

チュニジアで民衆の革命により独裁政権が倒れたと思ったら、エジプトに飛び火してムバラク政権が倒れた。これらの動きはリビアでカダフィ政権に対する反政府活動がおきて内戦状態に移行した。またイエメン、バーレーンなどでも反政府運動が活発化している。そうこうしているうちに日本では東北地方の大地震による津波で沿岸部に多大な影響があり、2万人の死者がでる災害となりそうである。また福島原発が地震によって制御不能となり運転が困難になり放射能が漏れ出し、近隣30キロ圏内が避難地域となった。その解決には数ヶ月から数年かかるという。このように自然災害と人災的な危機的状況が発生したので、落ち着いて中東の情勢を考える余裕がない。それでも中東における民主化運動のなりゆきについては注視が必要だろう。

中東の民主化で背後になにがあったかと指摘されるのが、小麦粉など穀物や農産物の国際的な投機的な動きである。その投機の動き(グローバリゼーションの影響である)で食品などの値上げがおきて民衆の生活が苦しくなり、その不満の爆発したのが民主化につながったということである。中東の政変についてチュニジアとエジプトが同じであるとか、エジプトの革命がCIAによって仕組まれた、とかの話は噴飯ものだとは思うが、さりとてこのブログを書いている時点で情報の整理と見通しができているわけではないのでえらそうなことは言えないが、「革命」と呼ばれる現象の内実や帰結については、このような動きが社会の一種の反復であり、革命自体よりもその後の政権=権力の行方がどうなるのか、その問題に傾注することが決定的である。

そしてあえて言えば、これは韓国などの民主化闘争や学生革命に類推される。独裁政権から民主政権へ、この流れ自体は歓迎するし、またまっとうだと了解するが、ここでは先進国への段階的な設定がみてとれるのではないか。自由と民主主義を実現するということはすばらしいが、現実にはどちらの内実を洞察すれば相互に緊張するものを含んでいることはあきらかだ。

自由を放任すれば市場システムのなかで優勝劣敗が進み、人間の共同性が破壊されてゆく、資本の力の前でそれに従うことを拒否する動きがでてくることをポラニーは強調している。また民主主義については一般意思の実現という程度の意味ずけで考えている。これは独裁政権でも民主主義でありうることは可能であり、それに齟齬が発生したときに、今回のような事態に遭遇するものだと思う。

今後の権力を左右する原理が資本によるものか、部族的、地域的、利益共同体的なものになるのか、それとも北欧的な労働組合・市民社会と資本の論理の相克となるものか判別できない。




テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

自由主義・啓蒙・コミュニズム

コミュタリアンといわれるマイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房 2010年)がえらい話題をよんでいる。難解な哲学書といわれているのが、これだけ一般のなかで話題になるのは珍しいし、倫理や正義を原理的に考えるということは意義ぶかいと思う。

テーマ : サヨク・在日・プロ市民
ジャンル : 政治・経済

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