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前衛党雑感

掲示板で前衛党についての議論などを読んだのでちょっと書こうかと思う。この問題はあまりホットな話題ではないし、党の否定や前衛であるという意識や概念も否定的なものとして捉えられて感じがする。しかし現実にはエリートや特定の組織は存在しているし、彼らが影響力(指導を含めて)を持っていることは否定できない。

問題は人間社会が方針や行動を決定する場合に最終的に合理的かつ倫理的判断ができるのか、ということ。現実にはさまざまな要因によって物事がきめられるのだが、そこには利害や人間的な政治判断により事態が動く場合があるのだ。

政党や前衛を否定したところで、それを代替するものはなくならないだろう。すべての人間が均質に生まれてくるはずがない以上は、それらの差異を反映する意識が残る。つまり意識の交換や意識の調整が求められるし、その水準や基準をどこに設定して、どう確定するかは実は難問なのだ。それは一挙に実現することはありえない。ならば一定の意見の集約が装置(組織)として必要とされるだろう。その形が党なのか会議なのかはわからないが、いずれにせよ人々を結合してゆくハブとして機能するだろう。

具体的にいえば、最近の中東の革命的な政変についてアメリカが支援していた「4月6日運動」という組織があり、結果としておおきなはたらきをした。それらについて過大評価もできないが、かといって過小評価もできない。
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河野健二『フランス革命の思想と行動』(岩波書店)について

河野健二『フランス革命の思想と行動』(岩波書店 1997年)について。

ちょっとルソーの思想を重視しすぎではないか。やはり現実の世界が動いている根拠を探るべきだろう。
理念的革命としてまとめるのは無理がある。その意味で複合的な革命として捉えるのが理にかなっている。
その意味で「啓蒙思想」をフランス革命の源泉として、その思想と理念のところはよく書かれているが、行動そのものについてはさほど書かれていない。

最後にデモクラシーの生成としてまとめて、それを超えるものとしてナショナリズムと社会主義があったという。これは蛇足的で違和感のあるところだ、フランス革命の生み出したものとしてデモクラシーという主張をしているが、むしろ国民国家の規範がつくられたとも見る論者もいる。その点ではナショナリズムなき国家はないのであって、ナショナリズムは国家に付随しているもので、それが国家形成の肝のようなものだろう。また社会主義についても平等思想と経済体制のありかたが問われたわけでデモクラシーに対立する、あるいは否定するものとしてあるかどうか疑問である。

いずれにせよ資本制システムが政治体制としては、デモクラシーであろうが、ファシズム体制だろうが優位になっているということの問題が語られることはない。

デモクラシー幻想というものがあるのかもしれない。いずれにせよデモクラシーという民主政体じたいは革命の帰結として形成されたのである。ほんらいは自由主義であり、それ以上でも以下でもない。


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