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新自由主義おさらい

今さら新自由主義でもないだろう、と思われるむきもあるかもしれない。しかしネオリベは乗りこられた、との声には断固として否と進言したい。なぜならば新自由主義のバックボーンがシンプルな自由の価値を機軸にしているからだ。そこから経済発展としいう錦の御旗を立てれば、名前はちがっても似たような原理へと帰着してくる。普通の人々であればその思考や枠組みを否定することは難しい。現にフランスなど程度の差はあれEU各国でも採用されて進行中である。

そこで以前渡辺治がデビッド・ハーヴェイの『新自由主義』(作品社 2007年)を紹介しつつ補足し、日本の状況を語った論文を検討したい(雑誌『情況』2008年1.2月号)。

ハーヴェイの新自由主義論の特徴
・政治的プロジェクトとしての新自由主義
チリのピノチェット政権からイギリス、アメリカ、ニュージーランド、ラテン・アメリカ、そしてアジアの国々。新しい時代の政治経済プロジェクト

・世界体制としての新自由主義
先進資本主義(帝国主義)にとどまらず開発途上国、社会主義を標榜する権威主義国家をも巻き込んで展開している

・新自由主義の同意調達メカニズム
大衆の同意を得るための理念として「自由」が使われる。68年の運動で「社会的公正」と「自由」という理念が分岐して後者の理念が新自由主義に回収された

・新自由主義国家の誕生
階級権力の再形成と競争力強化の実践という矛盾。新自由主義政策の実践には強力な国家(権力)が求められる。権威主義の傾向が生まれる。ロシアや中国で導入しやすい理由

・新自由主義を補完する「新保守主義」
アメリカのネオコンなど、社会の解体状況に対しては国家が「道徳と秩序」を標榜して、あたらしい顔で保守的な規律形成を求めてくる

以上を要約して段階論がない、新自由主義は既存の蓄積体制と同意調達の構造に規定されて類型を構成するのではと、いう。
福祉国家があり、その後の経済成長と資本蓄積の限界・減少に直面して資本の競争があり、結果として新自由主義へ向かう、というものと旧社会主義国が世界経済に参入するばあいの政策として採り入れざるをえない等。

また新自由主義による社会統合解体にも類型があると語る。


次に新自由主義の歴史的生成過程の検討が不十分であるという。
19世紀の古典的自由主義は、自由な経済、政治、思想の活動があれば社会は発展し幸福になるという素朴な理念だったが、現実には劣悪な労働環境が生まれて、その反省から「ニューリベラリズム」が生まれて、労働組合・福祉などの社会的サポートを容認する。その結果福祉国家が生まれて社会的自由主義というものになる(埋め込まれた自由主義)。

そして、さいど否定するものとしてネオリベラリズムとなって登場する。階級や格差を個人の自由として容認し強い市民によるエリート優先の政治。

日本における新自由主義の展開
日本は国家の強大な介入によって発展をとげた「開発主義国家」。90年代以降はアジア諸国との競争に巻き込まれて競争力をつけるために採用。
日本はジクザグの歩み、当面は経済発展が続いたため必要なかった。さらに自民党体制は経済成長主導の陰で犠牲になった農村・地場産業への補助金散布=利益誘導政治。結果として競争力の低い農業などの淘汰を遅らせて、改革の足を引っ張った。これを壊してしまうと自民党の政治基盤が揺らいでしまう。

日本のばあいは自由概念が独特だった。
日本近代において天皇制専制政治体制のなかで古典的自由主義が成立しなかった。戦後改革でも「民主化」がスローガンだったのはそういう認識。しかし権威主義は残った。そのため民主主義と自由が変革の理念で残った。マルクス主義と近代主義が共同歩調をとれた理由。
ヨーロッパの社会的自由主義・福祉国家は定着しなかった。

以下日本の小泉政権から阿倍政権へ、さらに小沢民主党の登場と近年の政治情勢の記述が続くが一般的認識なので割愛する。

ただ、阿倍政権が新保守主義イデオロギーで伝統、地域、家族の再建を叫んで社会を包摂しようとしたが、実際の政策がなかったゆえかけ声だけの空疎なものでしかなかった、という指摘は共有されるものと思う。

最後に対抗的運動の形成が提起されているが、イデオローグや知識人の役割を強調している。個人加盟ユニオンや地域・非正規のユニオンの運動の可能性が語られている。
いっぽう排外的ナショナリズム、独裁やポピュリズム、権威主義といったものに巻き込まれる可能性も指摘しているが、昨今の石原都知事や大阪橋本知事、名古屋などの地域での動きや「在特会」の存在をみれば了解されるだろう。

労働者や市民は自己の経験を踏まえて前進させていくので、対抗運動やオルタナティブは経験不足である。既存の労働組合や労働者政党の再結成・再編によるイニチアチブも不可欠だという。あたらしいマニフェストと構想する可能性が求められていると語る。



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テーマ : 政治・経済・時事問題
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「新帝国主義論」とグローバル経済の問題

新帝国主義論』(武者陵司 東洋経済新報社 2007年)という本を読んだ。
 著者は経済アナリストらしい。著者は経済学者では現代の経済状況は理解できない、分析できないと考えて、現実からさまざまなデータを採取して総合的に判断するアナリストが現代の世界経済を説明できるという。

 まず著者は
 冷戦の終焉、平和の配当、インターネット革命が世界経済の繁栄をもたらしているという。資本が世界的に活動することでさまざまな国に恩恵をもたらすし、成長を即していると考えている。
 パクス・アメリカーナの前面展開であり、この経済グローバリズムにより、世界が「地球帝国」として成立するようになったという。
 この話でどこかで聞いたな、と思う人もいるだろう。そうハート・ネグリの『帝国』である。

 著者は「地球帝国」がアメリカの戦略ではなく「神」がつくりたもうたものだという。

 人は経済体制がどこに向かうかに関しては無知で、能動的に「地球帝国」をつくったのではなく経済原則はグローバルなものとなり、それは地球をおおい、誰もが抗し難いものとなっているという。

 それは市場のなかで、神の見えざる手に導かれて、利潤動機、多国籍企業の利潤追求の結果だという。これについては資本の増殖運動の結果としてみている。

 著者は結論的に「辺境での生産性革命と先進国の差額地代(超過利潤)が当分継続され」るとみているが、辺境が消滅する可能性もあり、さらに「社会的・政治的要因か、自然的要因によって」阻害される可能性もみている。

 そのためにはリスクを経済コスト化するという意味で資本主義が管理される必要が出てきている、と語り、ケインズの言葉を引用して、新しい「地球帝国」の現実に即した経済学と経済政策の構築がもとめられている、と締めている。

 結論までくると常識的というか、ありきたりな話なので拍子抜けするが、彼のような政治をまったく頭にいれないっ人でも、やはりなんらかのコントロールが必要だと感じている、というふうに読むべきなのかもしれない。

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ジャンル : 政治・経済

ジョセフ・E・スティグリッツ

ジョセフ・E・スティグリッツの『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店  2002年) と『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す』(徳間書店 2006年) を読む。

 スティグリッツはクリントン時代のアメリカの経済政策のブレーンだったこともあるし、世界銀行の副総裁でノーベル経済学も受賞している。

 その彼がグローバリズムの弊害について記した本がこれだ。

 世界経済の指導部中枢にいた人間の言葉だけに重みがあるが、頭のよい学者というだけではない。たんなる卓上の経済学者ではないのだ。世界銀行の首脳というと、なんとなくマンハッタンの高層階で空調のきいた部屋で椅子にすわっているという姿を連想するが、そうではないようだ。世界の貧困の現場に立ち会っているし、フィリピンではゲリラとも対話をしたこともあるという。 

 じっさい彼の発言はリアリティもあるし、説得力がある。いろんな事例が掲載されており参考にもなるが、ものたりなさもおぼえてしまう。良心的エコノミストの限界がみえるといったら、言いすぎだろうか。

 これらの本でたとえば、日本の小泉流の新自由主義についての批判はあるが、厳密な意味での新自由主義批判はない。それだけ具体的でイデオロギーや観念的概念からは自由であるということで、それはプラスなのだが、これらの本を読んでも、なぜそうなるのか?の説明はない。
 
 ただ、IMFやWTOが不公正でアメリカの影響が強いという批判はあるのだが、新自由主義を採用することの真実はなんなのか、そこが知りたいところなのだが、それについては答えてくれない。それらの背後にある思惑や分析はされていない。その意味で不満が残った。

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