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資本主義克服の展望のない日本共産党

世界経済不況の影響により、にわかに注目されている日本共産党。しかし資本主義克服の展望がみえているとはいえない。
委員長の志位氏はテレビ番組に登場して率直に資本主義の「健全な発展」を語っている。そこには「健全に発展してもらわないと困る」とないものねだりを告白している。
これにはちょっとあきれた。
抽象的に「国民が主人公」の日本を語るが、純粋に「国民」を設定しても、それは無理がある。

 ◎国民が主人公
   ↓
 ◎ルールある経済社会
   ↓
 ◎次のステップ(?)

しかし、これはなんの確証のない話であり、次のステップ自体が発展形としてとられられているが(進歩ということが前提)、はんたしてそれを証明できるものはない。
それが論証されていないのに、手前の段階だけ都合よく設定されている。

これでは「資本主義の健全な発展」じたいを命題として、とりあがたほうがいいのではないか。
経済システムとしては、市場と資本の関係によって生産として効率がよい方法をとるのが「資本主義」というかたちだと考える。
その意味では「利潤第一、もうけ第一」というのは経済システムというよりも「資本主義体制」における付与される動機である。
それが変更可能であると仮定されると、「次のステップ」というのは存在しないか。あるいは社会主義という設定は必要なくなるのではないだろうか?

むしろ「資本主義」の問題をどのように考えるかによって、「次のステップ」が明確になってくるのではないか?

その意味で共産党は「資本主義」じたいの捉え方が混乱しているように思う。一方で「資本主義の健全な発展」を語り、一方で「もうけ第一、利潤第一の資本主義体制」と語る。
健全な資本主義が「もうけ第一、利潤第一」とするならば、その発展がカジノ資本主義であることが理解できないのだろうか。
「カジノ化」が不健全といいたいのだろうが、資本主義がすべての人が豊かになるというシステムではないのは当然である。
そこが「健全なる資本主義」という名称のうさんくさいところで、結果として「資本主義」に倫理を求めるかたちとなり、実態としては「健全な資本主義」をもとめる政党ということになっている。
「資本主義」を克服することは当面無理だというのであれば、批判も中途半端なものとなるのもやむをえないか。




“暴走する資本主義”――打開の展望を語る

志位氏の説明を受けて、「『暴走する資本主義』から『節度ある資本主義』を目指すのが共産党の主張ですね」とまとめた二木氏。そこで「素朴な疑問がある」として、「節度のある資本主義」になると、みな豊かになりますよね。ところが、共産党の場合は、さらにそこからみんなで社会主義国家つくっていこうと。安定した生活ができるのに、これを壊そうという気になるのでしょうか」と尋ねました。松田氏も「私たちのイメージでは、国民が困窮化していく中で、次のステップが社会主義であり、かい離がある感じがするのですが」と。これに答える形で志位氏は、日本共産党が目指す社会発展の展望について語りました。

 志位 私たちは、資本主義が衰退していって、その先に私たちの目指す未来社会、社会主義の社会があるとは考えていないんですよ。資本主義が健全に発展していくことが次の社会を準備することになると思っています。ですから、節度ある形で大企業には応分の負担を求める、国民の生活は豊かになる、そうすれば、日本経済は草の根から力を得て発展していきます。それは私たちの理想が遠のくのではなくて、むしろ、熟した柿がポトッと落ちるように、次の社会への発展の条件をつくることになると考えています。ですから、私たちが政権に参画したとしても、大企業との関係では共存していくと。大企業には健全に発展していってもらわないと、困ります。

 二木 すると、働くものが「資本主義ってつらいよね」と思って進むものではないと?

 志位 まず資本主義の枠内でも「国民が主人公」の日本にすすむ。「ルールある経済社会」をつくる。それでもなお解決できない問題があらわれてくると思います。そして世界的規模でもさまざまな問題が問われてくると思います。いま世界的な規模で飢餓の問題がある、貧困の問題がある。あるいは投機の問題がなかなか解決できず今回のような恐慌という事態がおこってくる。地球環境の問題もある。こういう世界的規模で問われるいろいろな問題がありますね。こういう問題が、資本主義という「利潤第一」「もうけ第一」という体制で根本から解決できるのか、ということが世界的規模でも問われるなかで、次のステップにいくのではないかと考えています。

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テーマ : サヨク・在日・プロ市民
ジャンル : 政治・経済

共産党・志位委員長のうしろむき発言

 12月14日の朝の番組をみていたら田原総一郎の「サンデープロジェクト」に共産党の志位委員長が出演していた。
 時間がなかったので、すこししか見られなかったが、赤旗サイトで内容が掲載されているのでみてみよう。

大企業の大量解雇撤回へ政府が責任をもって乗り出せ

テレビ朝日系番組 志位委員長の発言


 志位 そうですね。全体の流れとしては、(「しんぶん赤旗」読者は)一九八〇年ぐらいをピークにして残念ながら減らしてきたんですよ。ようやく、それが、「赤旗」の読者が増え始めた。(増勢への)離陸が始まったと。

 田原 離陸がね。

 志位 それから入党のほうは、このところ十三カ月ほど連続的に前進して、新規に入られた方が一万三千人というのは、これまでにない、また変化が起こっていると(思います)。

 田原 なんでいま、マルクス、あるいは共産党がブームになっているんですか。

 志位 一つは、「働く貧困層」の問題の解決に、私たちが取り組んできたことが共感を広げているということがありますね。

 ただ同時に、日本の国のあり方として、こんなにルールのない資本主義でいいのかと。暮らしを守るルール、これが雇用でも、社会保障でも、中小企業でもない。この「ルールなき資本主義」を「ルールのある経済社会」に変えようじゃないかという、この主張も共感を広げていると思います。


 まず指摘しておきたいのは、この現象は小泉元首相などを筆頭とする政府の新自由主義政策により、労働者、とりわけ非正規労働者、低賃金労働者へ犠牲を強いてきたものであり、痛みにたえかねての反応であるということ。
 「働く貧困層」の問題解決にとりくんできたとしても、結果として成果があがっているとはいいがたいこと。
 であるならば今年ブームを起こした小説の『蟹工船』(小林多喜二の)によって、若者たちが、せっかく期待して共産党に加入しても、現代の貧困が解決される糸口や契機がみつけられなければ、すぐに雲散霧消してしまう可能性もあるということだ。
 そして、なによりもこの貧困状況を現出させてしまったことの反省が必要ではないか? 戦時中の戦争への抵抗運動は、権力の過酷な弾圧により実を結ばなかった。それにより日本帝国主義はアジアにおいて侵略をすすめてしまった。
 それに関しては共産党にも責任を負わせる議論があるが(丸山真男)、それには与しない。

 しかし、現代の新自由主義政策とその進展については、たとえ野党といえど、自由な政治活動が保障されている以上は、このような労働者、労働組合への犠牲の転化という事態を許してしまったこと、 このような政策に対する社会的抵抗、反対運動を提起し指導しえなかったことに対して痛苦な反省が必要だろう。

 さらに

「ルールなき資本主義」を「ルールのある経済社会」に変えようじゃないかという、この主張も共感を広げていると思います。


という表現についても注意すべきだろう。
 
 まず「ルールなき資本主義」という用語は、正確か?
 後段のほうでは違法な首切りについて語っているが、「違法」といわざわざいっているように、「ルール」を無視しているだけなのである。
 不十分ではあるが、現代日本は労働契約法や労働基準法があり、簡単に首切りなどできない規制があるので、ルールなきといはいえないのである。問題は経営方針がそのような方法をとってしまうことにある。つまり経済原則、あるいは経済システムのなかで利潤率、利益が下がると、労働力の調整によって合理化をして、利益を得ようとするありかたである。
 これは資本主義(資本化的経済システム)としては、通常のありかたであり、これもひとつのルールと考えられなくもない。
 また市場があるので、ものをつくっても売れなければ利益はでない。「消費不況」といわれるゆえんだ。さらに「神の見えざる手」によってすぐれたものが勝つという「優勝劣敗」という弱肉強食のルールというか法則が貫徹していく、正確にはルールとはいえないがその原則が貫かれているということの認識はあるだろう。

 そうすると「ルールなき資本主義」については、「ルールはあるんだ!」と半畳のひとつもいれたくなるではないか。また、もともと資本のシステムはそういうものであり、それに対応した方策なり規制がかけらえていた社会がある、ということだったのだ。
 
 「ルールある経済社会」については明確にはいっていないのではないか、という問題もある。
 たとえば、番組でフロントというかコメンテイターが発言していたが、

 もうちょっとこちらから、おうかがいしたいんですが、会社というのは別にイデオロギーで経営しているわけじゃないので、もしそれがいいと思えばリストラも撤回すると思うんですね。いまの感じでいきますと資本市場の復活が当分ありえないと思うんですね。そうすると、いままで続いてきた、資本効率を上げる経営というのに、見直さなきゃいけないだろう。

 そうするとその先に何があるかというと、多分、日本的経営への回帰みたいなことがこれから起きてくるだろうと思うんですね。そうなった場合に果たして、日本共産党としては評価されるのか、やっぱりそんなのはよくないと(いうことになるのか)。



 この問いに対しては、直接に答えることなく、ともかく雇用を守れ、それが企業としてもよくなる、という不思議な論理をかざしている。

ですからここでは、雇用を守る責任を企業に果たさせることをきちんとやってこそ、景気もよくなっていくし、企業にとっても先行きが出てくるということを、私はいいたいですね。


 
 これまでの日本的経営というのは、グローバリゼーションとは切り離された「内需指向」であり、終身雇用制・年齢給による平準化で労働者には企業一家、企業意識というものを形成する要因ともなっていた。
 そこには労働者の社会的な囲い込みの側面もあり(いわゆる社畜)、内(企業内位階制)にむかっては心地よいだろうが、外(下請け)についてはシビアな対応となる。
 むしろ経済社会のなかでの会社・企業に従属する人間というものを見出すであろう。

 経営レベルでは、それなりに評価できるものもあるだろうが、革命政党の代表・委員長がこれまでの「日本的経営」の問題点と社会のありかたを提起できないようでは、あまりにうしろむきであり、「ルールある経済社会」がお題目にすぎないということが、はしなくも暴露されているのではないか。
 

 

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